東京新聞 「ホタル館の灯消える? 板橋区廃止へ動く」

板橋区ホタル生態環境館の問題に関し、東京新聞に2度にわたり記事が掲載された。

表題記事は2014年2月17日(月)朝刊一面掲載

http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014021702000209.html

 「板橋・ホタル館問題 「成虫持ち込み証言も」 飼育担当は「あり得ぬ」 2月20日(木)山手【地域の情報】掲載

http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokyo/20140220/CK2014022002000119.html 

 

この調査に関する報告書は板橋区役所サイト「板橋区ホタル生態環境館におけるホタル等生息

調査の結果について」に掲載されている。 

http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_oshirase/059/059497.html

ホタルの飼育に携わる方には是非、ご確認いただきたい。

 

この調査が現実にどの様な状況で行われたかの事実関係については、現在、ホタル救出と存続の為の署名活動に配られているビラに、よりリアルに記載されている。

※ PDFファイルはこちらで… http://luciola.co.jp/images/pdf/140215luciola.pdf 

 

 

 DSC_0029-col

 

記事内幼虫数についての見解の相違

    ―「幼虫は数万匹いる」とするホタル側の見解―2月17日記事

    ―ゲンジボタルの幼虫2匹を捕獲し、全体では23匹と推測した。―2月20日記事

成虫持ち込み疑惑

    ―過去に成虫を持ち込まれていたという関係者の証言を明らかにしたが、「事実確認は

   していない」とした。 20日の記事

 

記事からは板橋区側の意向が廃館ありきという前提に基づいて行われた調査であることが、明らかに読み取れる。ここで、疑問点について検証してみたい。

 

1.この調査自体をホタルの飼育に実績のある専門家に依頼しなかったこと。

  調査方法や小さな幼虫や稚貝の見分けがつかなかった可能性が高く、上陸地に踏み入ったこ

  とから見て、ホタルの生態調査に関し、ほとんど経験の無い業者を意図的に指定した可能性

  が高い。

  ホタルの上陸・羽化はすべて同時期では無く、ある期間に渡ってランダムに行われ、1年で上陸

  せずに、幼虫のまま年を越すものもいる。遡って考えれば、この時期は、様々な大きさの幼虫や

  カワニナが存在するのが普通であり、種の保存の法則でもある。

 

2. 報告書に、―調査方法は国土交通省の「河川水辺の国勢調査 基本調査マニュアル

  【河川版】(底生動物調査編)」に基づいて、マクロベントス法を用いている。―

  とあるが、この調査にマクロベントス法という記載はみられず、そもそもマクロベントスは海洋生物

  のことで、使われる場合は、主に深海、大型河川(一級河川)が対象になると思われる。

  当館のせせらぎはこの調査対象になっている河川には該当しない上、実際の調査はこの

      マニュアルよりさらに粗雑な方法で行われたことが、目撃者したスタッフの証言からも明らか。

 

3.通常、ホタルの生態数調査の多くは幼虫期の無理な調査を避け、成虫期に行われる。

  あえて、越冬中で、生態に最も悪影響を与え、見つけづらい時期を選択しているのは、

      幼虫の数が少なく無ければならない、という前提ありきで故意に行われた可能性があり、

      せせらぎ内に踏み入った点から見て、ホタルの生態数自体を少なくする目的があった

      可能性も高い。

 

4.区側はこの調査を客観的に、正しく判断出来る学識経験者やホタル専門家に一切確認を取らず、

  阿部氏の見解も公表していない。

  この調査自体が本来のホタル生態数調査として、適切で無いことが明らかになること自体を

    避けていると考えられる。

 

5. 公的機関は通常、このような未確認情報を公にすることはほとんど無いのではないだろうか。

  もし、持ち込まれたと主張するのであれば、それは何匹で、どこからどう持ち込まれたかの

  証拠を明らかにするべきである。

  

阿部氏の実績を貶め、25年間継続された累代飼育を途絶えさせ、せせらぎにダメージを与え、且つ、多くの生態の命を奪ったことは、犯罪行為に当たるのではないのだろうか。

阿部氏はこのせせらぎを一から作り上げ、ホタルの世代交代に成功し、日本屈指のせせらぎまで育て上げてきた。

このような稚拙な調査結果を盾に取り、管轄部長が、突然、阿部氏の排除を決定し、発令するという権限はいったい誰が認めたのだろうか。

板橋区長自らこの調査方法を正すこと無く、2月19日板橋区議会定例会に於いて、「23匹という報告を受けて、少ないのに驚いている」といった答弁をされている。区長を筆頭に、区が今まで財産であり、誇りとし、推奨してきた発言は数多くあったのではないだろうか。

 

この問題の決着が着くまで、せせらぎを放置し続けるということは、多くの残された尊いホタルやほかの多くの生態の命が日々失われてゆく。

これだけのせせらぎである。十分に論議を尽くし、たとえ、廃止が決まるとしても、その日までは大切に命を育み、また、その後の生態の行く末までをも決めることが、ここまで大きく育てて来た区自らに課せられた責任と義務では無いだろうか。

万が一、板橋区での存続が難しいという結論に達した場合、故郷の大熊町に戻すという選択肢もあるかもしれない。しかし、それが出来るのは唯ひとり、阿部氏しかいないことは誰の目にも明白だ。

 

板橋区は存続、廃止以前に、まずこのせせらぎへの暴挙を正す、自浄努力をするべきではないのではないだろうか。

   

 DSC_0144_col

 

―ホタル館では、卵から成虫への世代交代が続き、みんなの見える場所で、産卵とふ化があった」―

ここから、2月20日の記事内で語られている、当館でのホタルの営みを、目撃して来たままに追ってみたいと思う。   

  

板橋区ホタル生態環境館のゲンジボタルは1989年(平成元年)、福島県双葉郡大熊町熊川より卵を採取し、ヘイケボタルは同年、現日光市(当時栗山村)から卵を採集したのが始まり。今年度で累代飼育25世代目になる。

 

毎年夜間特別公開が終了する頃、ハイゴケに産卵された沢山の卵から孵化幼虫が生まれるところが公開されている。ゴミのように小さい孵化幼虫が顕微鏡で見られ、夏休みには、多くの人々、子供たちが訪れ、驚きと喜びの声を上げている。

区の公開施設ということで、匹数の報告が義務化されていると聞いている。その孵化幼虫をスポイトでカウントする際、毎年、インターシップの学生たちも手伝っていた。カウント終了後は、せせらぎに戻す。その後の成長は植物が鬱蒼と繁るせせらぎ内ではほとんど確認が出来ないため、訪れた見学者には飼育室の水槽の中で確認出来るよう工夫されていた。

せせらぎに戻した後の調査方法も確立されている。成虫のカウントの仕方、幼虫の数え方など、独自の研究に加え、他大学などとの共同研究も加わり、すべて明らかになっていると聞いている。幼虫数、成虫数共にすべて区へ報告が上げられ、このカウントは年末まで続けられていたそうだが、区はこれを公表していない。

卵から孵化幼虫へ、終令幼虫から蛹へ、そして羽化。生き残るより、落ちてゆく数の方が多い。ホタル孵化幼虫から成虫への羽化率については自然界では0.05%といわれているが、このホタル生態環境館の羽化率は好環境により、それより高い。

そして、4月、ホタルが上陸するところは、非常に神秘的で美しい。この初めての体験はとても感動的だった。

上陸を待ちながらの打ち合わせの折り。ホタル生態環境館のスタッフから「上陸した!」という一報が入り、みんなで確認に行くと、真っ暗な中、お尻の光だけがキラキラと光り、上陸地を上っていた。その様はまさに動く宝石のようで、成虫の光の舞いとはまた違った美しさだった。今でもハッキリ覚えている。

土に潜り、蛹になると外からは全く確認出来ない。1ヶ月前後の後、徐々にせせらぎで羽化が始まってゆく。毎年、羽化を待つ阿部氏がこの時期、神経を張り詰めているのは、何年行われていても、その姿を見るまでは、安心出来ないからとおっしゃっていた。祈るような思いで待たれていると……。

 

こんな公開を続けられて25年、多くの人々が目にし、癒され、感動を与えて来たホタルの光は、紛れもなく当館での累代飼育の成果であると言えるのではないだろうか。そして、これこそが、裏付け以外の何ものでもないと確信している。

 

 DSC_0047_col

 

ホタルは人間の魂につながる存在ともいわれ、優れた感性を持つ、神秘的な生命体でもある。

そんなホタルの神秘にまつわる、いくつかのエピソードを紹介してみたい。

 

それは2000年6月伊豆大島南三宅島噴火の前日、当館せせらぎ内で起こった。

通常、昼間は葉の影に隠れたてほとんど寝ているホタルたち。その日に限り、監視カメラに映し出されたのは、せせらぎ全体が黒く覆われるほどに、沢山のホタルがいっせいに飛び上がり、ブンブンと飛び交っている姿だったという。

 

また、海外でも起こっている。2001年同時多発テロ事件9.11の後に、不思議な光の映像が阿部氏の元へ持ち込まれた。場所はセントラルパーク、季節外れの9月にホタルが大量発生し、そして、一斉に舞い上がり、ある高さに達すると消えていった映像だ。人の魂を体現する存在でもある彼ら。しかし、この映像はその当時の判断で封印されたそうだ。

 

東京都内水道橋にある「東京のお伊勢さま」と称され親しまれる東京大神宮様のホタル水路は2004年に、板橋区ホタル飼育施設当時、 阿部施設長の指導の元に制作設置された。

2005年11月15日、それは紀宮様ご成婚の日の夜に起こったという。挙式にも関わられた松山宮司様が帰られたその夜、季節外れのせせらぎでホタルの羽化を目撃された。2匹のホタルがご成婚を祝うように、ひっそりと光を放っていたという。これは、宮司様より阿部氏へ確認の連絡が入り、分かったことだ。

 

2007年5月には、実話に基づく映画『俺は、君のためにこそ死にに行く』が放映された。この中で、「俺、ホタルになって、また、ここへ戻って来るよ」と言った特攻隊員が戦死し、1匹のホタルとなって戻って来る感動的なシーンがあった。そして再び最後、多くの特攻隊員の魂となって、沢山のホタルが光の舞いを見せる。

この映像も当館、当時は板橋区ホタル飼育施設の協力で実現している。その安定してゆらぐ優雅な光は、肉眼だけではなく、数々の映画、TVの映像作品にも使われ、残され、なお美しく光を放っている。見るものを魅了し続けてきた。

 

 

そして、2011年3月11日(金)、東日本大震災が起こり、ここのホタルたちの遠い祖先、生まれ故郷の福島県大熊町でホタルが絶滅してしまった。

それ以降、この当館のホタルたちが幾度と無く、不思議な行動を取るのを目撃した。確か6月のある日、初羽化からしばらく経った頃だった。一定量に達したホタル達が、せせらぎを歩く阿部氏のまわりにまとわりついて離れなかったことがある。いったい彼らは何を訴えていたのだろうか。

初めて見る光景に、そう思わずにはいられなかった。

 

6月14日には、ホタル夜間事前特別公開が行われた。区が福島県大熊町の被災された方々も招待されて行われた。その時起こったこと……。

通常オープンの7時半過ぎはまだアイドリング中のホタルが多く、飛び上がる数はそんなに多くない。ところがその年に限り、オープンと同時に多くのホタルが、かつて無いほどに舞い上がり、素晴しい光を放ったのだ。それは、まるで失われた仲間たち、そして、人々を弔うかのような感動的な光だった。

板橋生まれのホタルたちに、連綿と受け継がれた大熊町のホタルたちの命の輝きだったのだろうか。その年はずっとそんな輝きを披露し続けた。

今回の新聞掲載記事に目を通しながら、まず、私の脳裏を過ぎったのはこうした彼らの姿だった。

 

天変地異や魂に呼応するかのような行動をとるホタルたち、今回の調査という名目で行われた暴挙と多くの失われた命をどう思い、今生き残った彼らは何を思っているのだろうか。

彼らを愛し、慈しんで来た阿部氏が彼らの元へ戻られることを1日千秋の思いで待っているのではないだろうか。

こうしている間にも、生き残った貴重な命が……、その灯を消しつつあることが非常に心配される。私たち人間は、この声なき声を受け取る心を、失ってはいけないと思わずにはいられない。

 

現在、専門家に調査についての検証・見解をお願いしている。これにより、一日も早く、真実が公表され、本来のあるべき姿を取り戻すことが急務ではないかと強く思う。

 写真 阿部宣男氏撮影

  • ゆらぎによる癒し

カテゴリ

最新の投稿

アーカイブ